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 ――あの日、手を繋いで走ったあの日。
 彼方此方で起こる爆音と悲鳴が、吹き飛ぶ建物と煙に混ざって、火と熱気を纏って襲いかかってきて。挫けそうになる度に繋がっている手の主は 「大丈夫、絶対に大丈夫」と、何度も何度も言って、私を励ましてくれた。
 あの日が終わって時が過ぎて、あの人はある場所を目指して旅に出た。私の元を去る時にもあの人は「大丈夫、絶対大丈夫」と、微笑みながら言ってくれたから……、
 私は待っている。世界が今でも非情でも、 世界が全てを忘れても、ずっとずっと此処で、
 あの日の約束を信じて、あの人を待ち続けている。 ――

Truth1:荒廃の町フィオラ/行こう、誰もが幸せになれる土地へ
 1-1


 鉄と銅が剥き出しになった建物から、壁の一部が落下する。かつては有数の都市と称されていたこの街は、現在は栄光を形だけしか留めてはおらず、日に日に荒れていく様々なモノによって、抜け殻のように残る様々な物の存在が消されようとしている。
 崩れた煉瓦の積み上がった狭い通路を、一人の少女が歩いている。金メッキに赤い屑石を散りばめたカチューシャを付けた黄緑色の髪を、揉み上げを除いて肩にかかる程度の長さに切り揃えている少女は、色白い顔に付いた大きな紫色の瞳で行く先を見つめ、オレンジ色のローブを着た上半身に両手で掴んでいる木の杖を押し当てながら、紫のズボンと靴を履いた足で前進する。
 熱気と焦げ臭さに覆われた瓦礫道を抜け、汚臭の酷い水路の脇道を通り、街の中心部に近い大通りを歩く。数年前までは市場として機能していたこの場所は、今は焼け壊れた露店の看板のほぼ全てに醜い落書きが施されており、以前は笑いながら物を売り買いする声や世間話を発していただろう人々は、今は死人のような目をしながら、無言であ てのない放浪をしている。
 散乱する硝子片を跨ぎ、少女は黙々と目的地を目指す。無人の店舗から賊と化した街民達が金目の物を漁る音が聞こえてくる中、何処かに置かれているラジオからノイズ交じりの男の声が流れてきた。
『魔導士は化け物だ。魔導士は排除せよ』
 聞こえる全ての音を無視して進み、通りの端に差し掛かると少女は突然足を止める。斜め後ろに振り返ると、遠くに見える一つの建物を凝視する。
 街の最北部にそびえ建つ、土色の通信塔。残っている建築物の殆どが全壊間近か半壊をしている中、その建物だけが無傷の状態で、不気味に孤立して建っている。
 少女は建物から目を離すと、いつものようにある場所へと向かう。
 日課になっているそれは、今日で終わるものだと信じている。しかしそれは今日で丁度、始めてから二年が経とうとしていた。

 岩山に囲まれた大地を、灰色のオープンカーが走っている。
 雲一つ無い青い空には一筋の消えない虹が掛かっており、美しい七色の帯の横に浮かぶ太陽の光が、草木の生えない石だらけの地面を照りつけている。
 割れた凹凸の道を幾度も乗り越え、砂煙を振り撒きながら車は一直線に走る。遠くから魔物の呻き声が聞こえる中、後部座席に腰掛けている長い跳ね癖のある金髪をポニーテールにした女は、風になびく髪を掻き上げながら空を仰いだ。
「東世界・中部「岩山地帯」。……名前通りに岩ばっかりね。でも虹は綺麗に見えるから、私達の旅に支障は無いわね。
 で、その虹の道標を無視して、あんたは今から何処に行こうとしているのかしら?」
「この車を潰しに行くのだ?」
「それは絶対にさせないけど……この先にある街で、会いたい人がいるんだ」
 乾いた風に髪を靡かせながら地図に指を這わせる女の横で、緑色の湯呑の中身を啜っている男児は、風に吹き盗られかける黄色いウエスタン帽子を片手で押さえる。運転席にいる人物の姿は座席に隠れて見えないが、高めの少年の声が苦笑いをしながら二つ三つ程の返事をすると、捕んでいるハンドルを大きく回す。
 車は急な迂回をし、虹を横切るように岩と岩の隙間道を進む。熊のような巨体の魔物 のヒッチハイクを無視して直進を続け、程なく『フィオラ』と書かれた案内板の付近に差しかかると、点在する大岩の一つに隠すように車を駐める。
 運転手が鍵を引き抜いたと同時に、仲間の二人が車から降りる。湯呑を帽子の中に入れた男児は気ままなダンスを踊り始めると、独特の口調で話し掛けてきた。
「のだのだー、着いたのだ。さっさと降りて探索するのだ」
「そんなに急がなくても良いぞ、トカライ。時間は十分にあるし、先ずは流星号にガソリンを入れないと」
「のだ。だけどのだもお腹がペコペコペンなのだ。早く御飯を食べたいのだー、レナはもう行ったのだ」
 トカライと呼んだ男児の指差した方角に目をやると、レナと呼ばれた女が早足で街へ向かって行く。半壊した街門の手前で歩が止められると、不敵な笑みをしながら振り返ってきた。
「それとない所に、向かっているわよ」
「ちょっと!レナ、待ってええ!!」
 少年は慌てて運転席から降りると、流星号と名付けている車の助手席から細身の湾曲 した剣を取り出し、トカライを抱える。頭部に巻いた水色と白の鉢巻が風に吹き踊らされると、先行を再開した仲間の背を追いかけた。

 ――荒廃の街フィオラ――
 フィルアース二大国家の一つである軍事機械帝国・アルカディスが支配する大陸『東世界』の中部、『岩山地帯』にある商業都市。かつては東世界有数の大都市だったが、『魔導戦争』時に甚大な被害を受けた事により治安が急激に悪化し、現在は荒廃の街と化している。
 戦争が休戦して二年経っても復興は殆ど進んでおらず、無法者による破壊と暴力が後を絶たない。

 街に入った途端に行き交う人々の視線を浴びたが、皆、目に生気が宿っていない。半壊した建物に囲まれた空間を歩く街人達は、殆どの者が背を丸くして俯いており、割れた石道路に伸びた自身の影を踏み追うように、行く先の定まらない散歩に没頭している。
 過去には大いに賑わっていたのだろう面影が残っている、今はもぬけの殻になった道 に散在している瓦礫を跨ぎながら、旅人達は歩みを進める。腐った食物の臭いが鼻に付き、物の崩れる音が時々響いてくる中、時々周囲を見渡している少年の目を追うように、レナとトカライも目立つような人の姿を探してみる。
 行く先で待っていた痩せ猫に道案内をして貰いながら、三人は汚れた水が流れる水路に沿って街の奥へと進む。程なく市場の面影が残っている通りに足を踏み入れると、何処かに置かれているラジオから、ノイズ混じりの男の声が聞こえてきた。
『フィオラの民に告ぐ。魔導士を直ちに排除せよ。魔導士は我々を不幸にした化け物だ、見つけ次第捕獲せよ』
(……)
 燻しげに眉をひそめたレナに対し、少年とトカライが辺りを探ってみると、店舗の面影が残る建物達の壁に貼られている手描きのポスターを見つける。フィルアースの公共語で書かれた『魔導士。見つけ次第捕獲』の文字の下には、肌に古代文字のような模様が描かれた人間の男女のイラストの横に、莫大な額の懸賞金が記されていた。
「……魔導士、ね」
 少年とトカライがポスターを眺めていると、伸びてきた細い手がポスターを乱暴に剥 がす。未だ貼られて間が経って無いのか、黄ばんでいないセロテープが付いた紙をレナは手の中に包んで丸めながら、溜息混じりに独り言を呟いた。
「『魔導士』とは、体の遺伝子の異常により、生まれつき『魔法』と言われる超現象を使う事が出来る人間の事。どうしてそのように産まれてくるのかは一切謎で、両親は普通 の人間である事が殆ど。数は全人類の内の五百万分の一だと言われているわ。非常に希少なこの人種は、魔法という強大な力を持っている為に戦争の主力武器として利用されたの。二年前の大戦が『魔導戦争』と呼ばれる理由は、ソレ。だから『魔導士』はそうではない人間達に恐れられていて、世界中のあちこちで理不尽な差別をされ続けているわ。
 ……魔法が使えるだけで」
 ピンポン玉程の大きさになった紙が道に放り捨てられたと同時に、通りの端で待っていた猫が鳴き声を発して道案内を再開する。
 トカライが猫を追い、仲間達がその背を追いかける。聞こえていたラジオの音が徐々に聞こえなくなってくると、三人は円形状の大きな広場に辿り着いた。
 他の場所よりも綺麗な外見をしているその広場は、目立った建造物が周りを囲ってい る壊れた石壁と、中心に建っている煉瓦作りの小さな噴水しかない。水を出す装置が付いていたらしき三本の柱は巨人の手に天から抉り取られたように崩れ壊れており、音源の残骸だけが残っている空間は異様な静けさに包まれている。
 顔と肋の骨が浮き出た猫が一鳴きして逃げ去ると、トカライはその場で踊りながら辺りを観察する。初めは興味津々に広場を見回していたが、殺伐から殺風景になっただけの景色に次第に面白味を感じなくなったのか、ウエスタン帽子に隠れた眉をハの字にしながら、仲間達に顔を向けた。
「のだのだ、何処もかしこもバッチいだけなのだ」
「これは余りにも酷い街ね。陰気臭いし、私はさっさとズラかりたいわ。本当に此処に、あんたの知り合いがいるの?」
「うん。「大事な人をこの街に置いてきている」って、あの時に言ってたから。一体何処にいるんだろう……
 ん?」
 一点を見つめ始めた少年に、不振に思った仲間達が同じ方向に目線を移してみる。目に写った景色は壊れた噴水しか目立つものが無かったが、その一角に一人の少女が座っ ている事に気付く。
 大人しそうな印象を受ける小柄な少女は、金メッキに赤い屑石を散りばめたカチューシャを付けた黄緑色の髪を肩にかかる程度で切り揃えており、袖の広いオレンジ色のローブを着て、紫のズボンと靴を履いた足を斜めに揃えている。
 手に硝子玉の付いた木の杖を持ち、大きな紫色の瞳で前方を見つめている少女を取り囲むように、柄の悪そうな二人の男が立っている。それぞれの手に棍棒と網を掴んでいる男達は時々少女に向かって怒鳴り声を発していた。
 何か揉め事が起こっているようだ。

(……あー、またかい)
 眉間に皺を寄せたレナの横で、トカライは楽しそうに上半身を揺れ動かしている。肩を何度叩いてもこちらに振り向かない少年に、レナは頭を掻きながら長い溜息を吐くと、小声で指示を仰いだ。
 二人の男は険しい顔で少女を睨んでいる。威圧的に迫ってくる二つの影に身を覆われても身動きを取らず、一点を熱心に見つめている少女に、男達は手に持った武器で自らの手の平を叩きながら話し掛けた。
「だ・か・ら、何度言えば分かるの?この広場は俺達の縄張りなんだよね。だからあんたに毎日まいにち居座られると、俺達が凄く迷惑なんだよね」
「そうそう。あんたが良くても俺達が困るんだよ。だから今直ぐここから出て行ってくれないかな?ていうか出て行け!」
 チンピラ達は身勝手な因縁を付けては、少女の体を強引に揺さぶる。岩のようにその場から動かない少女は男達に顔を向けると、大きな紫色の瞳を申し訳なさそうに細めながら丁寧な口調で謝った。
「すいません、いつもごめんなさいです。でもずっと前に、ここで待ち会わせをした人がいるんです。もう直ぐ来てくれると思いますので、もう少しだけ待たせてください。すいません」
「あ?! 少しって何時までだ?! 何年何月何日何時何分何秒だ!?」
「あんた本当に良い加減にしないと、痛い目にあって貰うぞ!!」
「そうそう。それにあんた……アレだろ?」
 気味の悪い笑みをした男に、少女の目が限界まで見開かれる。着ているローブの裾で 右手の甲を素早く隠すと、許しを請うように相手にしがみついた。
「お願いします!あと一日だけ待たせてください!一時間だけでも良いですから!」
「知るか!早くどけ、この!!」
 男が拳を振り上げたので、少女は咄嗟に目を閉じる。理不尽な暴力が加えられようとした時、
 厚い強化硝子に物がぶつかったような音と共に、男の拳が空中で跳ね上がった。
 無傷の少女の姿に、不思議に思った男が自身の拳を観察する。気を取り直した男が少女に再び鉄槌を下そうとした時、
 突然現れた小柄な影が、男の横顔に飛び蹴りを放った。
 強制的にその場から離脱させられた男は、広場を覆っている石壁の一辺にぶつかる。土煙を浴びながら不意打ちを喰らった男が事態を知ろうと起き掛けた時、放たれた西洋ナイフが首の横に突き刺さった。
「え?」
「な?! 何だ一体なグバアアアアア!!」
 残ったもう片方の男の顔面にも、違う影から放たれた前蹴りが直撃する。飛び倒れた 男の全身に更なる追撃がされると、
 殺風景な広場に、再び静寂が訪れた。

 少女は目の前に立っている背の高い影に近付く。
 跳ね癖のある長い金髪をポニーテールした女性はウエスタン帽子を被った幼児を片手で担ぎながら、視線を目の前に倒れている男に向けていたが、
 その足は、蹴り倒した男をこれでもかと踏み蹴りまくっていた。
 歯を剥き出して笑う女のヒールが、男が何かを言おうとする度に顔に殴打を加える。身を捻って起きようとするがさせて貰えない相手が、叩き込まれ続ける足蹴りを喰らいながら発している言葉は、言いがかりから徐々に正論になり、「お前は俺に何の恨みが」の言葉が中途半端に強制終了させられた後、鼓膜が痛くなる程の大音量で「き」と「け」と「や」と大量の「あ」と叫んで発狂した末に気絶しても無駄に続けられる。
 戦闘終了後も攻撃をしまくるのは、格闘な色々では御法度。
 もう悪がどっちなんだか分からなくなる。
「あ……あの」
「ん?あ、どうも」
「のだのだどうも」
 ボコボコにされたチンピラに対する感情が恐怖から哀れみに変わりつつも、少女は女性に声を掛ける。遠くで倒れているもう一人の男の姿を一瞥すると、漸く足を離した恩人に深々と礼をした。
「あの、助けてくださって、ありがとうございます」
「あーあー気にしなくて良いわ。私達は、あいつのついでだから」
「のだ。やっぱりカマックは突撃したのだ」
 女性と子供が同じ場所を指さしたので、少女は指先が示しているモノを見る。そこには、
 赤紫にも青紫にも見える不思議な色の髪をした少年が、立っていた。

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