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 1ー3

 薄暗い鉄壁の部屋に、一人の男が立っている。周囲に積み重ねられた鉄の箱から不気味な蛍光色の光が溢れ出ており、細かい電子音と水の中から時折空気が吹き出すような音が、しきりにやかましく聞こえてくる。
 壁に付いた小さな窓から、鳥になって眺めているような高さからのフィオラの街並みが見える。美しいとはいえないが広大な風景に興味を示す素振りは無く、着ている薄汚れた赤い軍服の端を指でいじりながら足のつま先で床を叩いている男の背後で、ニ人の人間が汚れたパイプ椅子に座らされている。首筋と頬に小さな切り傷と打撲の跡を持つ男の肩に、可哀そうなくらい一杯の青胆とミミズ腫れが体中に付いている男がもたれ掛かっており、重傷者も軽傷者も平等に全身を電気コードでぐるぐる巻きにされている。
 赤服の男の前に、二つの巨大な筒が付いた鉄製の椅子が置かれている。透明な筒の中で蛍光色の液体が不気味に泡立っており、処刑用の電気椅子を思わせるような鋼の鎮座の上に、何本もの太い電気コードが這っている。
 周囲から圧迫感と共に只ならぬ数の気配を感じる。男が振り返ると、身をよじり出したチンピラ達が抗議をした。
「さて。どうしてくれようか、この役立たずどもが」
「だから、ちょっと待ってくれよ!俺達はあんたに金で頼まれて、あの魔導士の娘を広場から追い出そうとしたんだ!今日は失敗しちまったけど、明日こそは上手くするからさ!」
「ほおほお!はまはまへんははひとひひふにはまはれはへほは、ほんははふはいほはへふふひはいはへへいんへはいん?!(そうそう!たまたま変な餓鬼と鬼畜に邪魔されたけどさ、こんな扱いをされる筋合いはないんじゃないの?!)」
 もう聞いているだけで痛痛しい声が仲間の説得に便乗するが、聞き耳を立てずに男は掴んでいる金属の棒で不良達の顔を殴る。血の塊と悲鳴を吐き出した重傷の男に、哀れみではなく見下しの視線を浴びせると、拘束させているパイプ椅子を蹴り倒して強制的に平伏せさせた。
「黙れゴミが。虫にも値しない屑め、1度でも失敗したのならお前等は用無しだ。おい、今直ぐこいつらを処分してしまえ!」
 命令に答えるように暗がりから伸ばされた無数の男の手が、不良達を椅子ごと担いで連れていく。泣き叫ぶ不良達の声が瞬く間に聞こえなくなると、男は電子音と泡立つ水の音に耳を傾けながら、赤い軍服の胸元に縫いつけられている金色の竜の紋章を鷲掴みにした。
「……邪魔者は速やかに消してしまえば良い。そう、優劣を決めるのは力、力だけだ。力の無い者と力を利用出来ないものは無価値でしかない、あの国も、その敵国も、この世界にある何もかもだ!私は力を用して頂点に立つ!誰もを凌駕し、全てをこの手の上で支配してくれる!!」
 引き千切れた竜の体が、床に落とされ踏みつぶされる。かつての崇拝が憎悪に染まり、純粋は醜悪に変わる。
「思い知らせてやる!私を見捨てた全ての愚か者どもに!真の頂点は私だと、私だとな!はははは、はははははは!!」
 野太い笑い声が響く。その声を外へと漏らすのは、鉄の箱から伸びているラジオマイクだけだった。

 手を伸ばして、走る。
 あちこちで響く爆音が、其処にあった今までを壊していく。しきりに吹く熱風が、知らぬ誰かが発する叫びを取り込んで、其処に確かにあった数多を焼き消していく。
 2年前に通った道を、メロンは今走っている。石床に突き刺さった赤地に金の竜が泳ぐ旗の群のなびく方角に沿い、燃える炎が矢になって降り注ぐ空の下を駆け進んでいく。
 かつて繋がっていた手を求めて、伸ばした右手が焼けるように熱い風を掴む。刺さるような痛みが起きる前に、刻まれた甲の紋章が淡い紫の光を放って、平の火傷を癒していく。
 戒めの声が辺り一面からエコーになって耳に流れ込む。右手を裾で隠した少女の指が、布の中で捜し物を求めて震え動く。徐々に音量が上がる心無い誹謗に、空気を吸えぬ程の圧迫感を感じていると、
 聞こえてくる声が、よく知る少女の口癖になって全てを浄化していく。
 周りの燃える半壊物が美しい建造物になり、甲高い叫びと悲鳴は人々の楽しげな話し声に変わる。幸せに溢れた繁華街の中を駆け、通い慣れた道の先にある広場の噴水にたどり着くと、
 ――姉さんが、立っていた。
 直線の虹が掛かる空の下で、水の湧き出る噴水の前で待っていた姉さんは、青いリボンを付けた三つ編みの髪をなびかせて、優しい笑顔を向けてくる。
 駆け寄ろうとした時に、強い風が吹いた。冷たく厳しい風を受けながら、姉さんが何かを言う。ソレを何だと聞き返そうとして、歩もうとしたらまた風が吹く。吹き飛びそうな突風を受けながら、姉さんが笑って何かをまた言う。そして――
 目が、覚めた。
 見ていた夢を思い出し、メロンの頬に涙が伝う。身に駆けていた薄い毛布を頭に被り、狭過ぎる自宅の天井を見上げて夢を思い出す。夢を思う度に姉に会いたくて、辛くなって苦しくなる。
 ――………だけど。
 今日は、今日こそは会える気がした。今日こそやっと、本当に会える気がした。――


 夜が明けたばかりのフィオラの街は、いつもと変わらず廃れ荒れていて醜くかった。だが冷たい空気を含んだ風は洗い立てのもののように清々しく、白掛かりの青空に7色の虹が、遙か遠くの見知らぬ場所に向かって伸びている。
 人気の無い半壊した路地裏を、少女が歩いていく。色白の肌をした顔に付いた大きな紫眼で辺りをしきりに見渡しながら、黄緑髪に金色のカチューシャを付けた少女は早る気持ちを抑えようと、駆け足気味の歩を落ち着かせる。
 いつもと同じ脇道を過ぎ、いつもと同じ広場に辿り着いたメロンは、いつものように壊れた噴水の縁に座り、いつもと同じ方向を見て姉を待つ。しかし、今日はいつもと違っていた。身を小刻みに揺らしながら、上機嫌に鼻歌を口ずさんでいた。
(昨日はとても楽しかったです。今日もカマックさん達と会えるでしょうか?会えたら今日はどこを案内しましょうか?あそこでもいいですし、あちらでもいいですし)
 いつもと変わらぬ壊れた景色を見ながら、頭の中で自分の知る限りの未だ美しい場所を巡っていく。かつての都市の面影を残した場所を頭の中で巡る度に、記憶の中に三つ編みの少女が場面と同じ数だけ優しい笑顔を向けてくる。
 姉とかつて歩いた道を、鮮明に思い出しては共に歩く者を旅人達に変える。かつて微笑みかけてくれた少女の笑顔が鉢巻きを巻いた少年のものと混ざり合うと、微笑みを浮かべたメロンは小刻みに上半身を揺り動かした。
(あ、あそこ!あそこでしたらカマックさんは喜んでくれるでしょうか?レナさんはどんな物が好きなのでしょう?トカライ君、あの大きな昆布さんはもう食べちゃったのでしょうか?
 姉さん、今日帰ってきてくれたらいいな。あ、トカライ君のお茶さんは……姉さんにはお勧めしないようにしましょう……」
 頭の中で愉快な旅行計画を練りながら、大きな紫色の瞳が広場を隅々まで眺める。いつもと変わらぬ誰もいない空間に、何処からともなく強い風が吹く。僅かな気配を共に感じたので、肌寒い突風に身を任せながら不安と期待を入り交じらせて背後に振り向いてみると、
 ――姉さんが、立っていた。

 長い茶髪に大きな青いリボンを付け、ピンクのスカートにハイヒールを履いた少女が背を向けて遠くを見ている。
 メロンは少女に釘付けになる。早る気持ちを押さえながら腰を上げると、背中に向かって声を荒げた。
「セファー姉さん!」
 少女は声に答えるように、広場の外に向かって走り出す。慌ててメロンが後を追うと、狭い路地を2つの影が疾走する。
 生気の無い目をした人々の脇をすり抜けて、少女達が並んで走る。ーー遠くに、あの異様な通信塔の姿が見える。十数年前に東世界の大国が作った異様な建物に近付く度に、言いようのない恐怖と不安を感じた。
「待って!待ってください姉さん、何処に行くんですか?!そっちに何かあるんですか!!待って姉さん。
姉さん、姉さん!行かないで、姉さ」
 何処かに置かれたラジオから声が聞こえる。耳にタコが出来る程聞いた魔導士の差別の主張は、胸の内の不安を更に湧き上がらせる。
 振り向いてきた少女の顔を見て、メロンの瞳から涙が出る。凍り付いた顔から一筋の水が滴り落ちると、似ても似つかぬ並以下の顔をした少女は、困ったように眉を潜めた。
「あなた誰?さっきから追いかけてくるけど、何?」
「あ……す、すいません。人違いです」
「人違い?そんなので許されると思ってるの?あなたの態度、失礼だから私すごーく傷付いたわ。
 そうね、これはお詫びをして貰わないと。じゃあー」
「?はい」
「ちょーっとあっちに行きたいんだけどー、案内してよ」
 女が指さした指の先は、あの異様な通信塔を指している。自分と仲間を化け物扱いする声が延々と聞こえてくる中、メロンの目からもう一筋の涙がこぼれた。
「え?あ、でも」
「あんたに決める権利はないの。いいからさっさと案内してよ。これ、お詫びなんだから」
 強引に手を捕まれて、慌てて右手を隠したメロンは少女を塔へと案内する、時々起こる足下が揺れるような感覚に不安を覚える中、双方無言の緊迫した空気が、更に不安を駆り立てる。
 機械の油の臭いと、電波のような音が徐々に大きく聞こえてくる。荒廃したその他と唯一異なる美しさを持った塔を眼前にする距離に辿りついたメロンと少女は、流れてくるラジオの声の発信元を眺めると、背後に気配を感じて振り向いた。
 赤い布を被った男が3人、立っている。
 胸に金色の竜の絵が描かれた男の一人が茶髪の少女を見つめると、少女は黄ばんだ歯を見せて不気味に笑う。もう1人の男は3人目の男に何かを小声で伝えると、釣り上がった猟犬のような目でメロンを凝視した。
「連れてきましたよー。で、私にお代は幾らくれるの?」
「はい?え?あなた達は誰です」
 放り投げられた金の袋を追いかけた少女の姿が途中で見えなくなる。魔導士に袋を被せた男達は周囲を細かく確認すると、担ぎ上げた袋を通信塔へと運んでいった。


 岩山昆布が、振り回される。
 しなる度に風の切れる音がするソレは、磯の香りを漂わせながら灰色の街の中で狂い踊る。目にする廃人達の目に僅かな好奇心を与えているフィオラの名産物は、決して自分は出汁を採られるだけの為に産まれてきた訳じゃないのだと、幼い手に捕まれながら魂のアピールを続けていた。
「未だソレ持っているの?いい加減細切れにして、酢漬けにでもしなさいよ」
「のだ、程良い質を持つ逸品なのだ。これでカマックを戦闘不能にするのだ」
 カマックは苦笑混じりに昆布のしなり攻撃をよける。くるくると回るトカライを中央に横一列に歩く旅人一行は、脇道から大通りに出ると、瓦礫に覆われた市場を真っ直ぐに進んでいく。
 骨のむき出しになった左右の建物から、肉が削ぎ落ちるように石塊が落下する。轟音と土煙の間から見える晴れた空に伸びる一筋の虹を眺めていると、その下にある異様な塔が目に映った。
「そういえばレナ、さっきの話って本当?フィオラって元々はこんな街じゃなかったの?!」
「そ、「かつて」っていう程も経って無いわね。戦争する前だから、3年前かしら。それまでは此処は東世界屈指の大商業都市だったの。――まあ、世界中の珍しい物が何でも揃ってて買えたし、治安が抜群に良いから誰もが住みたがる街だった筈なんだけど、こんなに様変わりするなんて思っても無かったわよ。本当に見る影もなく陰気臭くなってるから、長居したくなかったのよ私は」
「のだ。バッチい街も人も、昔は汚れを知らなかったのだー」
 まっ二つに折り割られた昆布は双剣のように太い茎を逆手に捕まれ、風の切れる音と共に土混じりの磯臭さを周りに充満させる。しなり回転攻撃を腰に加えられていたカマックはトカライから装備品を奪い取ると、荷物から取り出した半透明の蓋付きのプラスチックの箱に、細かく千切って放り込んだ。
「のだのだ。そして、カマックが持っている宿屋のご飯も、かつてはもっときっと絶対に旨かったのだ」
「はあ……この馬鹿野郎が宿での朝飯をせっせと箱に詰め込まなかったら、あんなに時間はかからなかったのよ」
「秘アイテム・タッパーを馬鹿にするでない!!金と食料は貯蓄できる時に貯蓄するべし!!昨日の飯はタッパーに入れるべし!そして今日の飯として再び食うべし!それが旅では最重要なんだ!!」
 昨日の晩飯と今日の朝飯と昆布が入ったタッパーを高々と持ち上げたカマックは、鼻から荒息を出しながら仲間達に見せつける。ほのかに暖かさの残った生命維持の必需品は3人分の量が隙間無く詰め込まれていた。
「のだ……カマックは昔、ご飯に困って事件を起こしてから、やたらと節約家になっちゃったのだ」
「あいつは何をやらかしたのよ」
「のだのだ、でも最悪困った時は、のだのバナナ茶を飲めば良いのだ」
 帽子の中から緑色の湯飲みを取り出したトカライは、黄色い湯気を顔に浴びながら中の液体をすすり飲む。落下物に潰されて割れるガラスの音にラジオのノイズが交じり聞こえる中、土煙の流れる方角へと進んでいくと、目的地である円形の広場に辿り着いた。
 見窄らしい格好の男女達が、小さな群を作ってあちこちに立っている。異様に盛況している空間に不思議に思いながらも、一行は迷う事なく中心にある半壊した噴水へと近付くが、
 途中でトカライは辺りを見回すと、首を傾げた。
「のだ?メロンがいないのだ」
 昨日出会った少女の面影は、人々のざわめく広場の何処にも無い。カマックとレナも広場を観察してみるが、毎日座ると言っていた噴水には鳥の一匹も留まっておらず、代わりにアンテナの先が焼け焦げた携帯用ラジオが置かれている。
 噴水の周りを探し続けたトカライは仲間達の元に戻ってくる。両手に持ったバナナ茶を暫く見つめると、点のようになった目からポロポロと涙をこぼした。
「のだのだ……やっぱりメロンがいないのだ。何処に行っちゃったのだ?折角会いにきたのになのだ」
「……」
「……」
「のだー、せっかく昨日あげたバナナ茶、冷めていたから新しいアツアツのバナナ茶を持ってきたのになのだ」
 黄色い湯気を発する激不味飲料が、3人の目線の前で揺れている。バナナの絵の描かれた緑色の湯飲みを睨みつけたレナは深い深い溜息を吐くと、苦笑交じりの顔をしているカマックに話しかけた。
「切れたのよ」
「……」
 ――嫌われた――。昨日の朗らかな交流で得ていただろう相手の信頼は、最後にトカライが与えたバナナ茶が瞬く間に消し飛ばしたのだろう。仲間がしでかした失態だ、今更もう、どうにもなりはしない。
 カマックとレナは目を見合わせて縦に首を振ると、トカライを両側から拘束する。抵抗する幼児を担ぎ上げて広場を後にしようとした時、
 噴水のラジオから音が聞こえてくる。徐々に大きくなるノイズ音の隙間から、妙齢の男の声が聞こえてきた。
『善意あるフィオラの民よ!我々はかねてよりこの古の遺産『機械』を通じて諸君達に伝えてきた『魔導士』の捕獲を、諸君達の協力により遂に成し遂げる事が出来た!ここに感謝と共に約束をしよう!!この街は、再びかつての繁栄を取り戻すと!!』
「!?」
『捕らえた魔導士は女1人だが、諸君達も知るとおりコレは強大な力を持つ『武器』である。我々の約束は必ずや諸君達へ叶えると断言しよう。繰り返す、かねてより諸君達に伝えてきた――』
 カマックは噴水へと走り出す。集まり出した人だかりをかき分けて視線の中央にあったラジオを持ち上げると、大音量を発するスピーカーに耳を近付ける。
 激しい電子のノイズと男の声の中に、くぐもった音が幾つも聞こえてくる。高い場所にいるのか独特の空気の流れる音と共に、  
微かに女性の寝息が耳に入ってくると、頭の中に浮かんだ黄緑髪の少女が、自分に向かって笑ってきた。
「……大変だ!」
「のだ。メロンは捕まっちゃったのだ?」
「……」
 カマックに寄ってきたトカライとレナは、共にラジオの声に耳を傾ける。何度も繰り返される『魔導士』捕獲の速報を聞きながら、レナは底に描かれている金色の竜の絵に気が付くと、細めた目で機械を見ながら小さな鼻息を吐き出した。
「どうやらそのようね。……で、どうする?リーダー」
「決まっているだろ!助けに行く!」
 塔が目に映る。天高くそびえ立つ異様な建物を見つめると、意を決した少年はラジオを掴んで走り出す。
 取り残された2人の仲間は数秒間待機をしていたが、呆れ顔をしたレナは、隣にいるトカライの頭に手を乗せる。被られたウエスタン帽子越しに鷲掴んだ髪を乱暴に撫でると、空いた手で自らの耳たぶを揉み触った。
「……私も無関係じゃないわね。
 さーて、トカライ。暴れに行くわよ!」
「のだのだー!!」
 嬉しそうにトカライは両手を上げると、不敵な笑みを浮かべたレナは腰に指した西洋ナイフの柄を掴む。崩れる建物の落下音と共に、遠くにある別のラジオが発する男の声を聞き取ると、小さくなっていく少年の背を追いかけた。

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