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 ――海の声が、聞こえる。
 潮の満ちて引く絶え間ない音が、私と彼の耳に聞こえてくる。穏やかな暖かい潮風が、彼の短い白い髪と私の長い桃色の髪を同じ方向に靡かせる。
 同じ浜辺に横並びに立っている私達は、目の前にある同じ物を眺めている。浜辺に置かれたシオンの花束が風に揺れると、千切れた花弁が宙を舞う。
 短く細い藤色達が波に浮かんで揺れると、彼の閉じられていた目が開く。鋭さを持った瞳が私を見つめてくると、沈黙していた口が話しかけてきた。
「お前は変わらずに居続けるのか、此処で」
「ええ。あなたは走り出すのね、此処から」
「……俺にお前を止める権利は無い、自由だ。だがそれがお前の望む答えに辿り着けるものになるかは、俺は分からない」
「私もあなたの目指す道の先は知らない。だけど私の出会えない色々な物を、どうか見て、掴んでいって」
「……」
「行きましょう、『幸せ』へ」
 小さくお互い頷いて、私と彼は背中合わせになって歩き出す。もう二度と会わないかもしれないだろう、だけど別の答えを選んだ彼から私は離れていく。彼も私から離れ去っていく。何処までも何処までも、お互いの姿を見る事無く。
 海の声が聞こえる。私は1人で耳を傾ける。あの頃と変わらない潮の満ちて引く音は、一定のリズムを保って響き続けている……何時までも何時までも。
 此処はあの人の愛した海。私は此処を守っていく、あの人への想いと同じように、永遠に色あせる事無く。
 空を見上げると、白い雲が青い空の中で流れている。まばゆい太陽に照らされた小さな鳥が1羽、何処かに向かって飛んでいった。
 何時からか浮かぶようになった、消えない虹の果てを目指すように――。

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